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東京地方裁判所 昭和55年(タ)561号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 松嶋泰

同 土屋良一

同 寺澤正孝

被告 東京地方検察庁検察官

主文

一  東京都太田区長に対する昭和三九年一月一六日付け届出により亡春金一が原告についてした認知は無効であることを確認する。

二  訴訟費用は国庫の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、昭和二三年六月一五日、東京都大田区《地番省略》において、朝鮮人である亡夏銀二(以下、「亡夏」という。)と日本国民である乙山花子(以下、「花子」という。)との間の子として出生した。

2  亡夏と花子は、昭和二一年ころから内縁関係にあったが、同二五年一〇月一二日夫の氏を称する婚姻をし、昭和二五年一〇月二〇日には亡夏が原告につき父を同人・母を花子とする出生届をした。

3  ところで、亡夏の友人であった亡春(以下、「亡春」という。)は、昭和二四年ころから丙川雪子(以下、「雪子」という。)と内縁関係にあったが、その間に子どもが生まれなかったため子どもを欲しがっていたところ、同二五年亡夏と花子の間に二男が生まれたことから、原告をもらいうけて事実上の養子とすることとし、同二七年ころ原告を引き取り、以来その養育にあたった。

4  亡春と雪子は、昭和三四年七月二九日婚姻した。同三九年一月一六日亡春は原告を同人及び花子の間の子として認知した。

5  亡夏は、昭和三四年五月二五日、亡春は同四二年二月八日死亡した。

6  以上の通り原告は、亡夏と花子との間の子であって、亡春のなした右認知は事実に反し無効であるから、その旨の確認を求める。

二  被告の本案前の主張及び請求原因に対する認否

1  本案前の主張

法例一八条一項によれば、準拠法は韓国民法となるが、同法は八六二条及び八六四条で認知に対する異議の訴えにつき出訴期間を定めており、原告の本訴請求は右出訴期間を経過した後に出訴されたものであることは明らかであるから、不適法として却下されるべきである。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1のうち、原告が昭和二三年六月一五日に出生したことを認め、その余の事実は知らない。

(二) 同2のうち、亡夏と花子が昭和二五年一〇月一二日婚姻したこと、亡夏が昭和二五年一〇月二〇日原告につき父を同人、母を花子とする出生届をしたことを認め、その余の事実は知らない。

(三) 同3の事実は知らない。同4、5の各事実は認める。同6の主張は争う。

三  原告の反論(被告の本案前の主張に対して)

韓国民法八六二条及び八六五条は、真実の親子関係の確定を求めることを不当に拒否する結果を招くものであり、また極めて家制度的色彩が強く残されていて日本国憲法の精神である日本の民主化の要請にそわないから公序に反するものというべく、法例三〇条により準拠法は日本民法となる。従って、本訴請求は適法である。

第三証拠《省略》

理由

一  本件は、大韓民国の国籍を有し、わが国に住所を有する原告が、大韓民国の国籍を有した亡春の死亡後に、検察官を被告として、亡春が生前した原告についての認知の無効を求めるものであるところ、かかる認知無効の訴えについて、わが国の裁判所がいわゆる国際裁判管轄権を有するためには、国際条理上、原則として生存していれば被告となるべき認知者が生前わが国内に住所を有したことを必要とするものと解すべきである。しかして本件において、後記認定の通り認知者亡春は生前原告の前記肩書住所地に住所を有し、同所において死亡したのであるから、本件訴えはわが国の裁判所の管轄権に属するものと解するのが相当である。

なお、国内管轄については、被認知者たる原告が前記肩書住所地に居住しているというのであるから、人事訴訟手続法二七条により、当裁判所に本件訴えについての国内管轄権が帰属することは明らかである。

二  《証拠省略》を総合すれば、請求原因1ないし5の各事実の他、次の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  原告は、遅くとも、一〇年ほど前には、亡夏と花子との間に生まれた長男であるにもかかわらず、亡春が昭和三九年一月一六日に原告を認知したことを知った。

2  亡春は、原告を引き取って以来、わが国内において原告及び雪子とともに同居し、原告肩書住所地において死亡し、原告は同日右死亡を知った。

三  本件認知無効の準拠法は、法例一八条一項により、被認知者たる原告については認知の当時同人の属した国の法律、認知者たる亡春については認知の当時同人の属した国の法律によるべきところ、前記認定の事実関係によれば原告は旧国籍法(明治三二年法律六六号)二一条に従い昭和二五年一〇月一二日亡夏と花子が婚姻したことによって共通法(大正七年法律三九号)上朝鮮人たる地位を取得して内地人たる地位を喪失し、さらに昭和二七年四月二八日日本国との平和条約の発効に伴い日本国籍を喪失して大韓民国の国籍を取得したものと認められるから、原告については大韓民国の法律によることとなり、他方、亡春についても右平和条約の発効により大韓民国の国民となったものと認められるから右同様大韓民国の法律によることとなる。そして、大韓民国民法は、認知に対する異議の訴えを提起できる期間について、その八六二条において認知の申告のあったことを知った日から一年内、また八六四条において、父が死亡したときにはその死亡を知った日から一年内とそれぞれ規定しているところ、原告が本件訴えを提起したのは昭和五五年一二月一八日であることが記録上明らかであり、原告が本件認知の存在を知ったのは遅くとも一〇年ほど前であること及び亡春が死亡したのは昭和四二年二月八日であり、同居中の原告が即時右事実を知ったことは前記認定の通りであるから、本件訴えが大韓民国民法の定める出訴期間を徒過していることは明らかである。

ところで、わが民法は、認知無効の訴えについて、右大韓民国民法の如き期間制限を設けていないが、これと対比検討した場合、右期間制限は、身分関係の可及的すみやかな確定、時間の経過に伴なう証拠の散逸と真実に合致した身分関係の発見等の要請に立脚した一つの立法政策として一応の合理性を有するものと言うべく、右期間制限をもって直ちに我が国の公序良俗に反するものと断ずることはできない。しかしながら、前記認定の事実関係によれば、本件の場合、亡夏は昭和二五年一〇月二〇日原告につき亡夏を父、花子を母とする真実の親子関係に合致した出生届をしていたにもかかわらず、亡春による本件認知が昭和三九年一月一六日付けで受理されており、右認知の無効を本訴において確定できないとするならば、原告につき重複した親子関係が併存する結果となるというのであり、わが国の法制度上あり得べからざる実父子関係の複数存在を許容しなければならない事態となるのであるから、本件の如き場合に限り、前記期間制限を定めた大韓民国民法を適用して本件訴えを却下することは我が国の公序良俗に反するものと言わざるを得ない。よって、法例三〇条により、右適用を排斥し、法廷地法であるわが国の民法に従い、原告の本訴請求を認容するのが相当である。

四  叙上の次第で、本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、人事訴訟手続法三二条一項、一七条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 岩佐善巳 裁判官 中路義彦 池田光宏)

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